カテゴリ:入場料と「お金」のこと( 1 )   

入場無料についてかれこれ   

2008年 06月 09日

どの催し物でもそうですが、「あれもやりたい」「これもやりたい」のはやまやまなのですが、やはり、どうしたら、財政的にも重荷がなく、長期的に無理がなく続けられるのだろうか、という課題に直面します。
これは、主催する方にとっても勿論ですが、お客さんにとっても重要なことです。
そうすると、勿論、入場料は幾ら位に設定すればいいのだろうか、という問題を解かなければいけなくなります。

しかし、「名古屋オルガンの秋」の目指すものは、どなたにでも知っていただきたいパイプオルガンの魅力。
それに加えて、開催場所は、どなたにでも扉の開かれている教会。
「今日、このコンサートに2000円払ったら(2人で行けば4000円!)、今晩の晩酌を抜かなければいけないかな?」「コンサートには行きたいけど、バイトを3時間余分にしなければ...。でも時間がないし...。」
このような思いは、していただきたくありませんでした。
とにかく、聴きにいらして頂きたい。楽しんでいただきたい。
パイプオルガンの響きが心に何かを残してもらえれば、一番うれしい。

私こと当サイト管理人がドイツの教会で音楽家として働いていたときも、本当に沢山の教会コンサートを主催・共催しました。

ドイツには教会税という、お給料から天引きされる税金システムがありますので、ある程度の予算は教会音楽にも回してもらえます。
その中で、典礼に使う分、コンサートに使う分、印刷物に使う分、楽譜購入に使う分などを神父様と相談して決めます。
やはり、基本的には、典礼(=儀式)のための教会音楽ですので、そちらがまず優先。でも、コンサートを通して教会にいらっしゃる方も少なくないので、コンサートも切り詰めたくありません。

しかし足りないものは足りない。
まず、経費のかからない方法、即ち、自分で弾く、というところから始めました。ただで弾いてあげるよ、という友だちにも弾いてもらいました。ただでもいいから、是非弾かせて欲しいという方はもちろん両手を広げて大歓迎です。(晩ご飯はちゃんとおごりましたよ♪)
そして、コンサートにいらした方には献金をお願いしました。
でも、本当に、献金をしたい、という方だけにです。
これは、ドイツではよく取られている方法です。
「入場は無料だけれど、カネをおいていかなければウチへは帰さんぞ」みたいな、威圧的な募金は理想ではありません。

そして、献金をお願いするのも教会音楽責任者の私ですので、コンサートを自分で弾き終わった後、お辞儀をしてすぐ教会の出口へまわり、ありがとうございます、って挨拶をしていました。
献金を頂くのもありがたいけれど、いらしていただくのもありがたいのです。

でも、そうこうしているうちに、私の担当していた教会へコンサートを聴きにきてくださる方の数も少しずつ増え、だんだんと、些少ではありましたが他の音楽家に払えるような基金もできてきて、銀行の財団や、個人の方からの大きなバックアップも頂けたこともあり、勤めはじめてから10年め(だったと思う)位には、大きな教会音楽フェスティヴァルが催せるまでに殖えていました。

そんな中で、さまざまな人との出会いがありました。
「ごめんなさい、今日、財布持ってくるの、忘れちゃったの」と言って、髪飾りを献金箱に入れていってくれたチャーミングなフランス人のご婦人。
「息子の命日なんです。いい音楽をありがとう。」と涙ながらに帰っていった人。
毎年、四旬節のコンサートになると遠いところからわざわざいらしてくれた方。
そして、毎回毎回コンサートに来るのが楽しみ、と、不自由な足をひいて教会までいらしてくれたおばあちゃん。いっつも遅れて来て、その割にどしゃんがらんと大きな音をたてて席について(勿論演奏中に)、コンサート後は「本当は献金したいのだけれど、これだけしかないんです、ごめんなさい。」と言って、銅貨をチャリンと入れていってくれたこの人、最初の頃は、ちょっと困ったなぁと思っていたのです。
私も、細かいお金というのは勘定するのが割合面倒なので、別に入れてくれなくてもいいのだけれど...などと思いました。「無料で入れるのだから、お金を頂戴しなくてもいいんですよ。」何度、そう言おうかと思いました。今から思うと随分僭越な考えです。
でも、そのうちに、そうではなくって、彼女は彼女なりに、彼女の心を献金箱に入れてくれているんだって気が付きました。
そうか、音楽や銅貨を通して心と心が響き合えるんだ。

そして、私が教会の仕事をやめた後、風の便りで、このおばあちゃんが亡くなったことを聞きました。
何だか彼女のことがとても心に残っており、「オルガンの秋」も、やっぱり基本は入場freeでいこう!と思ったのです。

「入場無料」と掲げたところで、「ご任意の寄金をお願いします」というのも、実は何だか少し後ろめたい。
ドイツ語で「ご入場はどうぞご自由に、あとからご献金をお願いします」という場合に、「Eintritt frei, Spende/freiwilligen Beitrag erbeten」などと言うので、「入場自由」と書こうかとも思ったのですが、そうすると、今度は日本語のニュアンスで「(演奏中の)出入り自由」...みたいにも聞こえてくる。ちょっと微妙。

まだ、いろいろ試行錯誤中ですね。

ワンコインや1000円など、一定の金額を設置してくれた方が出し易い、というご意見もありました。う〜む。それもそうかも知れない。
でも、そうすると、又、堂々巡りになりますが、「来れる人」と「来れない人」を分けてしまうようで、私としては心苦しい。

子供がおこづかいの中から出してくれる20円も、どこかの財団が出してくれる50万円も、教会の方がしてくださる無報酬のお手伝いも、全てのものに重要な価値があり、ありがたく受け取るものだと思っています。
だから、私としては、どのような金額であれ代価であれ、有り難く頂戴して、責任を持って次のコンサートへ還元するようにしています。

そして、去年の時も、いらして下さった皆様には、本当に多くのご好意のあるご寄金を頂戴しました。この場でも改めてお礼を申し上げます。
おかげさまで、今年は、数名のスペシャルゲストに出演をお願いすることができた他、2009年春にも大物オルガニストのコンサートを「オルガンの秋・特別版」として開催ができる目処もついております。うれしいな。

もともと私が能天気なことがあり、どんぶり勘定で今までの30ウン年生きてきたこともあり、結局、一人当たりの入場料が平均していくらぐらいだと採算が取れるのかどうかなど、あまり心配していない、というのが実は「入場無料」の訳なのかも知れません。(そういう込み入った計算ができない、との説もある。)
今年は、昨年、皆様方からご寄金をいただいたので、又昨年とは趣向の違ったコンサートもできます。楽しんでいただけるといいな。
そしてもし、今年の状況がそれ程良くなければ、又、自分で弾けばいいのです。これでも一応プロの端くれ。4、5回のコンサート分ぐらいのレパートリーは充分あります。

でも、「なるようになる。」「必要な時に必要なものは降ってくる。」これが私のモットー。
お客様に、がむしゃらに押し付けるコンサートシリーズは必要がないだろうし、需要もなくなるでしょう。
でも、楽しいと言ってお客様がいらして下さるのなら、これからも「オルガンの秋」の継続は可能だと信じて、いや、知っています。
だから。
これからも、お客様と二人三脚をしているつもりで「オルガンの秋」を創っていきたいと思っています。

パイプオルガンの響きがコンサートにいらした方の心に響いて、いらした方の心の響きが又その方の周りの方にも響いて......幸せの響きが伝わっていくとうれしいな。
音楽の響き=ハルモニア=が世界の響きとなって、世界中が一つの響きで調和できるのなら、平和で愛に満ちた地上ができるかな。
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by principal8 | 2008-06-09 11:07 | 入場料と「お金」のこと